厳原八幡宮神社(対馬市厳原町)

 厳原の中心部、長崎県対馬支庁に並ぶ。境内は駐車場としても利用されている。(08/29/2003)

 対馬あれこれねっとに拠れば、今から300余年前、時の藩主宗義真が全島の神社を調査させ詳細な神社誌を撰上させた。それが貞享3年(1686)に完成した対州神社誌。その中に八幡宮として記載されているという。旧県社。

【祭神】神功皇后 仲哀天皇 応神天皇 姫大神 武内宿禰

【社伝】神功皇后の三韓御征伐の時、対馬国に御着船ありて上県郡和珥の津より三韓に渡り給ひ三韓を平げ給いて凱旋のとき清水山に行幸ありて此の山は神霊の止まるべき山と宣ひ神鏡と幣帯を岩上に置き皇后、自ら天地神祇を祭りて永く異国の寇を守り給へと祈り給へて神籠磐境を定め給ひし処と伝ふ。

 天武天皇白鳳四年の勅によりて同年六年、茲に宮殿を造らしめ給ひて五社の御御霊を鎮祭ありて八幡宮と称し奉る。明治七年六月に社格を郷社とし、大正五年十一月二十六日県社に昇格す。

 境内社として上の平神社が祀られてあった。

【祭神】天穂日命 仁徳天皇 日本武尊 莵道皇子

【社伝】延喜式神名帳に載る下県郡の平神社とは本社なり。明治13年村社に列せられる。

宇努力神社(祇園社) 天神神社(今宮・若宮神社)

 右上の天神神社は、小西行長の長女として生まれ対馬の宋義智夫人として金石上に入った小西夫人マリアと、その御子を祀ったもので今若・若宮神社として祀られてあったものを天神神社に合祀したと言う。

 長崎県には長崎市の渕神社の桑姫社、長崎市外海町の枯松神社と共に、県内で三社目のキリシタン神社で有った。

06/12/2008未公開原稿を再構成

 

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