大村神社(大村市)

 大村の玖島城址は現在の大村公園。ここの本丸に鎮座するのが大村神社(03/24/2002)

花祭りの日に

 大村神社は、文化二(1805)年に時の大村家二十八代(十代藩主)大村純昌公が西大村池田山に常盤神社として創建したのが始まり。明治17年に現在の玖島城本丸に遷宮し大村神社と改称された。

【祭神】大村藩藩祖直澄公以来歴代の神霊を祀る。

 明治18年2月19日に県社に昇格したが、地元崇敬者の人々としては明治維新の功あった薩摩・長州・土佐の藩主同様、別格官幣社に昇格との思いもあったようだ。

 境内には幕末の名君、純熈公の銅像も建立されている。子爵・伯爵と進んだ純熈公であるが、崇敬者が神格の昇格を信じた中には、薩長に伍して倒幕軍の中核で有ったとの自負も有るのだろう。境内には戊辰之役で戦死した二番隊鼓手、浜田謹吾(当時15歳)の像もある。

【境内社】玖島稲荷神社

 十六代純伊公が文明12(1480)年、旧領回復のため伏見稲荷神社に参拝されて御分霊を祀ってからは戦の度、お家の吉凶の際に必ず、お告げがあり危難を救われた。

 元亀三(1572)年の戦に落城寸前であった三城七騎籠もりの際は、神霊により士気を鼓舞されると共に三城の芒を千本槍として敵に見せたという。

 玖島稲荷の御加護もあってか大村家は興亡は有ったものの古来より大村・彼杵の主であり、江戸幕府開府後の初代藩主である喜前公は引き続きこの地において2万7900石を有する領主として存続し明治維新を迎えた極めて稀な藩である事は確かだ。

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