旧島原藩札元

 国見町役場から上って旧島原街道との交差点に藩政時代の札元があったという。(12/27/2002)


(右手の白い標柱)

 藩政時代は、幕府の発行した三貨(金・銀・銭)が正式な貨幣として流通していたが、ともすれば通貨不足となることもあったようで、藩札の発行はそれを緩和することを当初の目的としていた。そのため藩札は、それを発行した藩の「札会所」に持っていけば、幕府正貨と交換できる原則になっていた。しかし、諸藩の財政悪化にともない乱発された藩札のなかには、兌換の原則が崩れて価値が暴落し、一揆の原因となることも有った。

 島原藩だけでなく幕末までに244藩9旗本領で藩札が発行された。また、藩札発行に際しては、領内外の商人や富農が札元として登用されたが、当地でどのような札元によって会所が運営されていたかは未確認。折角標柱を立てるなら、この辺の事に関する案内板が欲しい。

 なお、藩札は明治4年に、明治政府によって流通を停止され、同12年までに明治政府によって回収、新紙幣・貨幣に交換され、その役目を終えた。

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