鯨塔(仲沖町)

 光江橋下流の右岸、諫早の津がある。そのすぐ向かい側に、「鯨塔」がある。なぜ鯨漁の話など聞かない諫早になぜ?(02/02/2002)


(明治18年1月建立の鯨塔)

 石碑の左下には、諫早津漁民中敬立と記されてある。この地の漁民が建立したものであることは間違いないと思って、図書館で資料をあたっていたら、田中為市著の諫早史談で、建立の謂れがわかった。概要だけでも記しておこう。

 この諫早の津は、魚介類の集散地で、多くの漁民が藩政時代から住んでいたが、その年は漁業が振るわず、正月を前にして、準備も出来ず、その日暮らしを送っていた。そんなある日、大きな鯨が諫早湾に迷い込んできた。この朗報に、折角の大物、めったに無い大鯨を捕ろうと、衆知を集め慎重に追い込み、なんとか大鯨を捕ることに成功した。

 待望の大漁。それもめったに無い大鯨に、漁民一同は夢かとばかりに喜び、さっそく解体して、近郊に売り歩た。久方ぶりに活気着いた漁民達は、鯨様として感謝したいとの気持ちで、漁民の代表者が協議したところ、「自分達の生活危機を救ってくれた大恩ある鯨である。ただ徒に肉を食べ、売上金を使うばかりでは申し訳ない。この際せめて鯨の霊を慰めるため、その塔を建設しよう」と言うことになった。その塔が、ここに残る鯨塔である。

 鯨塔に並ぶ恵比寿神。漁民達の守り神だから、いまでも大切にお守りされている。
 竜宮。龍王と同じで、干拓地や漁港によく祀られている。龍王も竜宮も、「じゅうごさん」と呼ばれることが多い。

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