年末年始に韓国一人旅(三日目) |
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今度の年末年始は、家内とスケジュールが合わなかったので恒例の訪韓を中止しようかと思っていたが、家内が折角の休みだから行ってきなさいと言ってくれた。10年ぶりの韓国一人旅だ。(12/28-01/3/2009)
今朝も早くから目が覚めた、5時半起床。韓国南部の広域地図をベットの中で眺めていて、南原市の名前が気になる、傍に書いてある広寒楼(冬場に行きたい名前じゃない)の名前に覚えがある。たしか春香伝で有名な、この公園にも多連橋が有った筈だ。 南原市に行くことに決めた。 【12/30/2008】 8時に宿を出て、まずは駅に向かう。南原行きの便は少ない。やっぱりバスにしよう。韓国は地方に行くほどバスが便利になる。 バスが9時15分発である事を確認してから、朝食にラミョンとキンパップを貰う。 南原市までは直行はない。全州市までの途中で降りる急行バスになる。切符は自動販売機で買う。出発場所の番号はプリントされて出てくるが、時間は時刻表から全州行きの時間を見なければいけない。座席指定は勿論ない。 4列シートのバスに乗って、南原市に着くまでに、何度か途中停車があったが、全て停留所だったので良かったのだが、乗車時間が1時間経って、谷城のターミナルに着いたときに居眠りをしていたせいで、慌てて降りそうになってしまったが、行き先を告げていた運転手さんと、その遣り取りを承知していた前の座席の紳士が止めて呉れた。感謝。 韓国の中年男性は無愛想に見られがちだが、案外、お人好しで親切な人が多い。降りるときに礼を言うと、嬉しそうに笑って良い旅をと送ってくれた。
南原で行きたいところは、広寒楼と今の季節に合わない名前の公園。ここは韓国のラブロマンス「春香伝」の舞台となったところ。ここに天の川の伝説を元に一年に一度男女が一緒に渡れば云々との話が伝わっている石橋がある。 バスターミナルから西に向かって歩いていると案内板が有ったので、その案内にしたがって行くと大きな川に出た。川は一部が凍っている。雪も降ってきたし川岸を歩くのに気が重くなったところで、右手に目指す、広寒楼の入り口が見えた。 チケットを受け取って入ろうとすると地下鉄駅の改札のようなものがある。チケットを挿入するスロットも無いので良く見たら、チケットのバーコードを読むシステムのようだ。 諫早の田舎者は、こんなの初めて見た。 よく整備された公園の中を見物した。勿論、石橋を見るのが第一だが、それ以外にも見るものが多くて楽しめた。ついでに僧侶の方にシャッターも切ってもらった。私にしては珍しい。 広寒楼では一時間以上を過ごして、昼時になっている。昨日、食べ損ねたドジョウ汁、チュオタンを食べに行こう。 公園を出てすぐに、食堂のアジュマが、オソオセヨと声を掛けるので、そのまま店に入る。チュオタンが有るかと聞くと、当たり前だという顔をしている。 昼だからソジュは我慢だ。好物の韮を入れて食べようとすると、もっと入れろという。アジュマの作法に従ってタンマリヨと入れた。 うまい。 昼食をとって身体は温まったが雪は酷くなるし気温も下がってきた。今日は早めに宿を決めよう。市街地に入って手頃なモーテルが、すぐに見つかった。部屋を見せてもらったが浴室も清潔で文句ない。ここに今夜お世話になる。しばし休憩。 食後の休憩もたっぷりとった。対岸の春香村にでも行ってみよう。名前の通り春香伝のテーマパークだ。普段はこんなところには立ち入らないが時間が有るからね。 韓国の歴史ドラマもそうだが、どうも残酷シーンが目に付いて、あまり楽しめずに園内を後にした。 対岸に戻って、市外バスターミナルに寄って、運行地域を眺めてみる。大都市以外は全羅南道の町ばかり。まぁ考えても仕方が無い、行きたい場所も決まって無いし、そこまでのバスが無ければ、全州にで行って考えれば良いか。 好奇心のままに市内歩きを続ける。公設市場も見てみたが、あまり活気がない。 今日だけで10km以上は歩いた。一度、宿に戻って休憩だ。家内へ定期便のメールを送って、一休み。 ・・・一時間ほど寝込んだ・・・・ さて、暗くなってきた。夕食の時間だ。昼間歩いていてポシンタンの店を見つけて興味は有るが、ここは、今回限りで食べられないかも知れないチュオタンを、もう一度食べたい。 夜になって街の様子も変わってきた。チュオタンの有名店ものぞいてみたが、アジュマの反応が鈍いのでパス。 何処からか賑やかな声が聞こえる。角を曲がって少し行くと正体が判明。表を見ればチュオタンもある。ここに決めよう。 キムチとナムルでソジュを飲んでたらチュオタン登場。ここのアジュマは人懐こい。何処から来たのか、奥さんはいるのか、一人旅は悪人だ。と並べ立てる。 めったに日本人なんて来ないので、珍獣扱いされたまま終わっては、日本男子の沽券にかかわる。いわく、韓国語は難しい・何処・何?・下さい・タバコを吸っていいですか?・私は日本人だ・幾らだが話せれば旅は出来ると唱えて。マーニマシッソヨは日本語では、とても美味しい。カンサンニダは、有難うだと教える。 これでアジュマの好奇心も満足したかと思って食べていたら、チュオタンに御飯を半分入れて食べろと言う。逆らっても仕方ないので、その通りにすると、「ほら韓国語判るじゃない」と逆襲された。 日本でも、オバチャンに勝てないのに、アジュマに対抗したのが間違いだった。確かに美味しいし降参することに決めた。 ご馳走様。 入浴後、旅日記を書こうと思ったら、どうも体勢が悪い。引き出しを半分出して、低い机にしたらちょうど良い。オンドルは暖かいし気持ちが良い。 |
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地図を見ていたら、秀吉の朝鮮侵攻、文禄慶長の役で激戦地となった城がある、晋州が目に付いた。チョンジュ(全州)は幾らでもバスが出ていたが、チンジュ(晋州)の名前は有ったかな?
全州・光州辺りに入り込んだら1月3日のビートルに乗れなくなってしまいそう。木浦なんて、とんでもない。そのまま島まで渡ってしまいそうだ。この辺りで少しづつ釜山に近づいて行くほうが賢明かな?
【メモ】
南原府の役人の子・李夢龍と、妓生の月梅の娘・成春香が、広寒楼で出会い、愛し合うようになった。しかしながら、夢龍の父の転勤で、夢龍と春香は再会を誓って都に帰った。ることになる。新任の卞府使は、春香の美貌を聞き我が物としようとしたが、春香は夢龍への貞節を守り従わない。
激怒した卞府使は春香を拷問し投獄する。その頃、夢龍は科挙に合格し官吏となった。そして暗行御史として南原に潜入。夢龍は卞府使の悪事を暴き、罰した。そして春香を救い二人は末永く幸せに暮らしたという、パンソリの物語。
ドジョウ汁などと言うと、嫌がるむきも有るかと思うが、骨を取ったドジョウを擦ったものを使ったスープ。ドジョウの姿は見えない。全羅南道の郷土料理。
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